6月17日練習レポート

どうやら今年も「梅雨入り」したらしいですね。
何がどうなったら「梅雨」という明確な基準があるわけではなく、なんとなく雨の多い期間をそう区切るということだそうですが、言葉とは裏腹に今年はあまり雨が降りませんね。
この日の練習も、そんな「空梅雨」を象徴するような、照りつける太陽が眩しい最中、行われました。・・・といっても、勿論、練習は室内であるわけですが。
練習曲目は、「まぼろしの薔薇」より「孤独の薔薇」、Ken-P "O Filii et Filiae"より"Lux Fulgebit" の2曲でした。
"Lux Fulgebit"はこの日が初めての練習だったため、割当時間のほぼすべてを音取りの為のパート練習に費やしました。
よって、これと言って特筆すべきことはまだ無いのですが、一見そんなに難しくないように見えて、所々にトラップが沢山隠れているこの曲・・・アンサンブルで合わせてみると、そのトラップ位置にこそ、ジューシーな和音が展開されていたりして、中々楽しませてくれそうです。
「孤独の薔薇」は、「まぼろしの薔薇」通称“まぼばら”という組曲の4番目の曲です。
この日は2回めの練習だったわけですが、パート練習が行われました。一度目の練習の時から既に「一回目にしてはなかなか」という感じでアンサンブルがまとまっていましたので、この日のパート練習は音を取るための練習というよりは、精度を上げるためのパート練習といえるでしょう。
高声と低声のそれぞれで「そろって」同じ音で動くことが多い曲ということもあり、この日のパート練習は、高声と低声で分かれて行われました。
個人的な意見ですが、大変充実したパート練習だったのでは無いかと思います。
それぞれのパートが不安に思っている箇所について、重点的に音の確認練習したということはもちろんですが、さらに、象徴的なフレーズである「ひとひら」の部分について、子音のタイミングを合わたり、母音の発音タイミングを的確に拍に合わせるという緻密な練習を行うことができました。
そのようなパート練習の後ということもあり、アンサンブル練習は、2度目の練習とは思えないほどに、踏み込んだ練習ができたように思いました。
こうやって、楽譜上は記号の羅列に過ぎないものが、段々と音楽の形になっていく過程はとても面白いものですね。
さてさて、本番まではまだまだ時間がありますが、いったいどのようなステージとなるのやら、今から楽しみです。
では、今回はこのへんで。

9/4(日) 練習レポート

今年も早いもので9月ですね。
季節は白露になろうとしているのに、昼間の暑さはいまだ衰えを見せません。
それでも、ミクロコスモスの練習が始まる時間に、練習室の窓から見える空がちょうど黄昏れてゆく様をみると、
あぁ日が短くなってきたんだなぁ・・・と秋の訪れを感じたりするものです。
この日は、前半に『風紋』の「おやすみ砂丘」、後半にIvo Antognini作曲の「Canticum Novum」を練習しました。

まずは『風紋』、今シーズンのかなり早い段階から取り組んでいる楽曲です。
『風紋』は1970年に石井 歓さんが書いた組曲で、幅広い世代で幾度となく歌われて来たアカペラの定番曲です。
自然の中における風と砂丘の織りなす情景と見せかけて、実は男女の逢瀬を匂わせているという実に「大人」な一品。
その中から今日は3楽章「おやすみ砂丘」を取り扱いました。
全体的に音取りがそれほど難しくない『風紋』ですが、
その中でも「おやすみ砂丘」は「音とり は 難しくないよね」という系の見本のような曲。
テンポがほどほどで、各パートが縦にそろって歌うことが多く、また、変わった和音もほとんど出てきません。
しかし、それだからこそ、適当に何も考えずにただ歌ってしまうとツマラナイ演奏になってしまうものです。
ただ歌うだけなら簡単。しかし、「聴かせる」演奏にするのは大変。
合唱団としての地力が試される曲です。
さて、私の主観ですが「おやすみ砂丘」は、今回の練習でそろそろ「聴かせる」感じが出て来はじめたように思います。
より具体的に申し上げておくと、まだまだ完璧では無いにせよ各パートの音は取れている状態で、歌うことへの不安感が無くなって来ており
縦ラインのハーモニーを意識した歌い方や、歌詞や情感に気を配った歌い方ができ始めているという状況でしょうか。
それがまだ全員ではないけれども、そういった事を意識している人の方が多くなってきたという印象です。
こうなると、ここからが楽しくなってくるところですが、逆に指揮者からの指摘が厳しくなり、練習のシビアさも増してくるというもの。
今回の練習がまさにそうなっていました。
一つ一つの言葉の中の子音の立て方や、口を開くタイミング、ブレスの仕方・・・などなど、
指揮者からの非常に細やかな注文があり、即時に合唱団が対応していく。
楽曲が仕上がっていく楽しみを堪能できた、充実した練習でした。
なお、ミクロの男声諸氏は、「百万本の手」という歌詞が「百万煩悩手」という大変危険な発語になってしまわないようとても注意しましょう。

後半はIvo Antognini作曲の「Canticum Novum」を取り扱いました。
「おやすみ砂丘」のしっとりとした空気感とは打って変わって、軽快なリズム曲でこちらもアカペラ。
「Canticum Novum」をはじめ、今回ミクロコスモスで取り上げようとしているIvo Antogniniの曲はどれも非常に新しい楽曲です。
おそらく、日本で取り上げている合唱団はまだ極めて少ないのではないでしょうか。
YouTubeなどで音源を聞くと、とても美しく楽しく軽快で、是非とも歌いたいと思うものです。
しかし「Canticum Novum」は届いた楽譜を見ると目玉が飛び出ます。
変拍子の嵐。意味の分からない和音の嵐。臨時記号なんて当たり前で、横のパートと音が当たりまくり・・・。
そして分かれまくるパート。
『ホンマに歌えるんかいなこれ・・・』が最初の素直な感想でした。
とにかくリズムが取れない。音が取れない。
単体パートの音が取れてもアンサンブルになると迷子になって帰ってこれない・・・などなど。
この曲の練習では「阿鼻叫喚」という図が広がっています。
「Canticum Novum」の練習は今回で3回目でしたが、まだまだ「全然歌えていない」というのが正直な状況です。
数名の「なんとか歌える人」がギリギリ落ちずに首の皮一枚でつなぎながら、強引になんとかしている気がします。
その数名も「合ってんの?」と首を傾げる始末。まさに阿鼻叫喚。
しかし、そういう練習はワーワーギャーギャーと盛り上がるのでこれはこれで楽しいものです。まだ本番まで間がありますのでね。
さて、今回の練習では指揮者が、曲の後ろから順番に整理しながら、テンポを落として歌わせていくという練習をしました。
どのパートがどういう順番で登場して、どういう構造になっているのかというところを丁寧に説明をして、
パートごとに細やかにケアをして交通整理をしていくという地道な作業をします。
そうすると、不思議と徐々に歌えるようになってきます。
「なんじゃこれ。全くわからんわ!」というところから「おぉぉ。もしかして今行けたかも?」という小さな成功体験を積み上げていきます。
その「今行けたかも」は実際は行けてなかったりするのですが、
指揮者は「うん。大体その方向!できる!」とかいう、微妙な褒め方で団を鼓舞してきます。
まだ、粗削り未満の状態ですが、少しずつですが歌える箇所が増えてきているので、
あとは、徹底的に慣れていく事ができれば、歌えるようになりそうという期待感が持てる練習だったように思います。
それでは、今回の練習レポートはこんなとこで。また次回。